僕が浜学園に入塾したきっかけは、父の母校甲陽学院中学校に行きたいと思ったからです。
土曜マスターコースのHクラスからのスタートでしたが、入塾できただけで喜んだことを覚えています。また最初の復習テストで、まだ習っていない小数点の計算が出て0点を取ったことが浜学園での始まりでした。
宿題をちゃんとして、わからないことは母や父と一緒に考えたりしながら勉強していくうちに復習テストでも点が取れるようになり、4年の夏休み前に、「V1に上がれますがどうしますか?」と塾から連絡があり、僕は迷わず上がることにして土曜マスターコースから平日のマスターコースに移りました。レベルが高く大変でしたが、だんだんついて行けるようになりました。
公開学力テストでも良い順位が取れるようになり、僕は灘中を意識するようになり公開学力テストなどで資格が取れたら、灘中合格特訓や、最高レベル特訓算数も受けました。
難しくて、時間も長い授業でしたが、レベルの高い授業は僕にいい刺激を与えてくれました。5年になってからも灘中合格特訓と最高レベル特訓算数は続けました。
夏に油断してV2に落ち悔しくなり、絶対次のクラス替えで戻ると決めて必死で勉強したので戻ることができました。
いよいよ6年になり、灘の特訓授業などを入れると週7日塾があり忙しくなってきました。
初めの2か月ですが算数がV0クラスになって、算数がもっと楽しくなりました。また灘中オープン模試で算数が30位以内に入り灘最高峰特訓という授業も受けることができました。とにかく灘中とつく講座やイベントは全部参加するようにしました。
しかし、夏休み前から勉強もきつくなり宿題も回らなくなってストレスで親にも反抗するようになり、よくケンカするようになりました。
重要な夏休みに自分に負けてしまい、夏休み後半に受けた合否判定学力テストで灘がD判定になってしまいました。前回はA判定だったのでとても悔しくなりました。
このままではいけないと思い、9月からのミッドナイトは、ほぼ毎回参加しました。授業もわかりやすく、同じ目標を持つ仲間と過ごす時間は楽しかったです。でも、勉強しながらも悩んでいて10月の合否判定学力テストの後、両親に甲陽に変更したいと相談しました。やはり父と同じ学校に行きたいという気持ちが強かったからです。
先生方も引き留めてくれて少し迷いましたが、「自分の行く学校だから最後は自分で決めるといいよ」と母が言ってくれたので迷いなく決心して伝えたら、すぐに甲陽コース変更の手続きをしてくれました。
母と、志望校を変更しても最後まで本気でやり抜くことを約束したので、僕は今まで以上に勉強しました。過去問をしたら、5~10点あげるのを目標にミスを直し、日曜志望校別特訓の宿題をこなし、クラスの維持など自分で目標を決めて勉強に集中しました。
そのかいあって、正月の甲陽中プレでは1位になりました。それが大きな自信となり、残りの時間を無駄にすることなく勉強に集中しました。
いよいよ入試当日、朝から鼻血が出たり、緊張でご飯もあまり食べられずに会場に向かいました。試験中も鼻血が出たり、お昼過ぎに終了だったので、終わる頃にはふらふらでした。
2日目は順調に進み、甲陽の試験が終了後すぐに西大和学園に向かいました。その日は京都に泊まり、翌日は早朝から京都教室でミニ講義を受け、洛南の入試に向かいました。また試験中に鼻血が出て保健室に連れていかれそうになったけど、最後まで自分に負けずに頑張りました。どの学校の入試も、後悔のないように最後の一問まで全力で向き合いました。
僕の受験は6勝0敗、なんと受けた学校すべて合格できたのです。合格できたのは、最後まで上を目指して頑張ったからだと思います。
結果、甲陽を受験することになりましたが、目標を高く持ち灘中を目指して勉強し続けていたから6冠達成することができたと思います。後輩の皆さんもどんどん上を目指してください。
浜学園で過ごした3年半は僕を強くしてくれました。
浜学園の先生方、一緒に頑張ってきた仲間たち、そしていつもそばで支えてくれた家族に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。