私は2019年春、高槻中学校に入学します。ここまで導いて下さった浜学園での、自分の歩みについて書かせて頂きます。
私は、5年生で浜学園に入りましたが、公開学力テストや講習は、4年からときどき受けていました。その時とった夏期講習の成績の金メダルが今後の自信にもつながりました。
5年の2月は、Hクラスでした。その時、洛南高附属中の見学会に行き、どうしても洛南に行きたいと思いました。(まだその時は、高槻中を知りませんでした。)なので、Hの課題だけでなくSクラスの分も取り組むことにすると、7月、Sクラスにあがることができました。それからも、Sの課題だけでなく、Vクラスの分も取り組むようにしました。すると、復習テストは、ベスト1をとれるようになりました。公開学力テストでも、国語は偏差値60を超えるようになり、算数・理科も、最初は偏差値38や40だったのが、55ほどとれるようになりました。そして、5年の1月、最高レベル特訓の算数を始め、6年から、Vクラスで勉強を始めることになりました。(この頃、高槻も意識し始めました。)
6年からのVクラスや、始めて1か月ほどの最レ算数には、不安がありました。Vクラスは、私以外はみんな男子であったし、灘や甲陽・洛南志望のかしこい人ばかりでした。ですが、算数の演習の教材やプリントをくり返しやったり、国語や理科は暗記カードを使って覚えたりすることでベスト1をとれるようになりました。ただ、6年生から社会をとったので、地理が分からず、社会は5年からとっておけばよかったと思います。ですが、社会も、公民・歴史をくり返し覚え、地理もしっかり覚え、ベストをとれるようになりました。公開学力テストも、国語は偏差値70、算数は最レのおかげで60、全体でも60ぐらいとれるようになりました。
しかし、「もっと成績をあげなくては」という焦りから、10月、睡眠不足により、成績がどんどん落ち、偏差値が48まで落ちてしまいました。しかし、2か月後に60までにもどし、洛南入試対策でも良い評価をもらえるようになりました。
結果、洛南には不合格。ですが、岡山中学校のSスカラー、帝塚山中学校のスーパー選抜、そして、高槻中学校に合格することができました。
できるかぎり頑張って洛南に落ちたのだから、洛南にご縁がなくて、高槻にご縁があったんだと思っています。私はまわりよりおそく浜学園に入りましたが、もし、もっと早く浜学園に入っていても、体が持たなかったと思います。
受験が近かったとき、ある先生が、こんな言葉を下さりました。
「
目標に向かって、自分にあった方法で、必死に、走り続けたら、きっと、ご縁のある中学校に行けると思います。だから、受験生のみなさん、「
最後に、いつも私の相談を聞き、サポートして下さった、お世話係さんやアドバイザーの先生、その他の浜学園の方々や両親に、心から感謝します。そして、入試本番の前夜、不安だった私に、おやすみコールを交代でかけて下さったL洛南コースの先生方、本当にありがとうございました。