【中学受験】浜学園 卒塾生インタビュー ~前編~<br> 人生という大航海を楽しんでいきたい
創設から67年を迎える浜学園には、中学受験で志望校に合格した後も、大学進学や社会のさまざまな分野で活躍しながら夢を実現する卒塾生が数多くいます。今回は、霞ヶ関キャピタル株式会社に勤務しながら外洋ヨットレーサーとして活躍する高原奈穂さんにお話をうかがいました。パラレルキャリアの実践について、さらに大学時代の経験、神戸女学院の中高時代の学び、浜学園での勉強や思い出など、在塾生の保護者の方や塾生の皆さんにとって興味深いお話をたくさんしていただきました。
(※掲載内容は取材当時のものです)
― 現在 ―
社会人になって外洋ヨットレースに挑戦
パラレルキャリアで自分を高める
外洋ヨットレースは、社会人になってからチャレンジされたそうですね。
【高原さん】
大学卒業後、最初に就職したメガバンク時代から挑戦を始めました。当初は多様な働き方を応援する週休4日制度を利用し、国内でのセーリング活動、スポンサー探しなどに取り組んでいました。 ただ、外洋ヨットレースの本場であるフランスに中長期で滞在して活動するには、どうしても限界がありました。そこでパラレルキャリア<*1>を応援してくれる霞ヶ関キャピタル<*2>に、2024年の8月に転職しました。
<*1> 本業である仕事と並行し、それと同程度の価値を見出しながら人生を豊かにする活動に取り組むこと。現代経営学者のピーター・ドラッカーが提唱した概念。
<*2> 参考:霞ヶ関キャピタル株式会社HP
外洋ヨットレースに挑むためには、どのような準備が必要なのでしょうか。
昨年9月に、日本人女性初の挑戦として出場した大西洋約7,500kmを単独で横断する「ミニトランザット」<*3>に向けては、4年をかけて準備を進めました。レース出場には多くの費用が掛かるため、スポンサーを探すために100社以上の企業に自らアプローチし、プレゼンテーションを行いました。同時に国内のレースに出場しながら、実践的な練習を積みました。また、情報収集のために一度フランスへ行き、帰国後に資金調達の目途が立つと、購入予定の船の確認と整備のために再び渡仏しました。以降は、帰国と渡仏を繰り返しながら、予選レースに向けて準備しました。
<*3> 参考:高原奈穂さんのレース結果
長い準備期間の中で、モチベーションを維持するのは容易ではないと思います。
大変なことは多々ありますが、「好き」という自分の意志で向き合っていることなので、困難も含めてすべてを楽しむようにしています。準備においても決まったやり方がないので、「どうすれば良い方向に進めるか」を考えることを楽しみます。そして、周囲の協力を得て準備を終え、いざレースが始まると、海の上で頼れるのは自分だけになります。船上にはベッドもシャワーもなく、食事はレトルト。常に状況確認が必要なため、睡眠は30分ほどの短い時間を断続的にとる形になり、実に過酷です。でも、その状況を楽しめなければ、予選にすら挑めません。
レース中、海上でトラブルに見舞われることもあるのでしょうか。
昨年のレースでは、主要構造であるマストが折れてしまった選手がいました。誰の助けも得られないため、その選手は自分で修繕し、定められた日数を超えてでも自力で港に戻ってきました。機材のトラブル以外にも、クジラとの衝突は珍しくなく、オルカ(シャチ)に襲われることもあります。浜学園のオルパスくんは可愛らしいキャラクターですが、野生のオルカは海の食物連鎖の頂点にいます。非常に獰猛で知恵もあり、決して油断はできません。
港を出る前に、どのような対策を講じているのですか。
起こりうるトラブルは、できるかぎり事前に想定します。ただ、防止できることと防止できないことは当然あります。だからこそ、実際に起こってしまった場合にどう対処するのかを、あらかじめ考えておくことを重視しています。不安はありますが、不安にとらわれ過ぎないメンタリティーも必要で、その点は受験と似ているかもしれません。
今後、挑戦したいレースはありますか。
外洋ヨットレースは、生涯現役で楽しめる競技です。今後さらに経験を重ね、将来的には70日間をかけて世界を一周する単独無寄港無補給レースの最高峰「ヴァンデ・グローブ」に出場できたらいいなという夢があります。その手前には、たくさんの小さな目標があります。マイペースに取り組んでいきたいです。
パラレルキャリアを通して、どのように成長したいですか。
パラレルキャリアを実践することで、周囲の人に「一歩を踏み出す勇気」を与えられる存在になれたらと、最近考えるようになりました。夢は、出会う人や関わってくれる人がもたらしてくれるものだと思っています。目標を設定するのは自分自身ですが、夢を抱くきっかけは周囲の人が与えてくれます。そのために自ら行動し、多くの人と出会うことが大切なのです。その思いをもって、本業である会社での仕事にも、外洋ヨットレースにも全力で取り組み、自分自身も誰かに良い影響を与えられる人間に成長していきたいと思っています。


①セーリング(ドローン撮影)
②ミニトランザット
③フランスでのセーリングトレーニング
④ヨットレース
⑤大西洋横断レースフィニッシュ
⑥夜のセーリング
― 大学時代 ―
コロナ禍のピンチをチャンスと捉え
自分のフレキシビリティを高めた
慶應義塾大学 経済学部のご出身です。志望された理由は?
多くの人と出会い、さまざまな経験を積みたかったので、大学進学を機に上京することを目指しました。慶應義塾大学に入学したのは、第一志望の大学に不合格だったことが正直な理由です。そのため1年次は受験の結果を引きずり、アルバイトで貯めたお金を使ってアジアの国々を旅していました。
いわゆる「自分探し」の旅に出られたということですか。
良くいえばそうかもしれませんが、海外に出たからといってすぐに自分のやりたいことが見つかるわけではありませんでした。そんな中、1年次の終わりに、偶然「慶應クルージングクラブ」の存在を知りました。惹かれた理由は、子どもの頃に父親と一緒にヨットに乗った経験があったからです。実際に訪ねてみると、部員は先輩が1人いるだけで、1957年創部の伝統あるクラブでしたが、このままでは存続が難しいと思いました。
クルージングクラブに入部後、最初に取り組まれたことは?
まずは新入生を勧誘して、仲間を増やすことから始めました。クルージングは、釣った魚を船上で焼いてバーベキューを楽しんだり、対岸の目的地で地産地消のグルメを満喫できたりと、とても魅力的です。その楽しさを伝えるために“海の上のキャンピングカー”というキャッチコピーを考えて、新歓のプロモーションを行いました。その結果、入部してくれる学生が徐々に増え、私の卒業時には部員が18人になりました。
大学の授業の中で、印象に残っていることはありますか。
慶應義塾大学にはユニークな授業が多く、経済学部の専門科目以上に、そうした授業を楽しみました。反物から手縫いで浴衣を作る授業ではファッションの歴史を学び、東アジアを研究する授業では比較文化の視点から日本人の考え方や社会のあり方を考察しました。ただ、大学生活が充実し始めた矢先にコロナ禍に入り、3年次からはリモート授業に切り替わってしまいました。
4年間の大学生活で得られたことは何でしょう?
今振り返ると、コロナ禍があったからこそ、自分自身のフレキシビリティ(柔軟性)を高めることができたと感じます。大学の外に目を向ける時間が増え、慶應クルージングクラブのOBの方々と新たに出会い、世界一周の外洋ヨットレースを経験したチームでアルバイトをさせていただく機会にも恵まれました。そこで少人数でヨットを操縦する経験をしたことで、「一人乗りのレースにも挑戦できるかもしれない」と考え始めたことが、次の人生へ踏み出すターニングポイントになりました。

⑦慶應クルージングクラブ 夏の長距離航海
⑧慶應クルージングクラブ
次回、【後編】では、中学・高校時代と浜学園の思い出、そして中学受験を目指してがんばっている小学生へのメッセージをお送りします。
株式会社 浜学園
