こんにちは。
この合格体験記では合格に必要なことと自分の思い出を話させていただこうと思います。
僕は3年生の10月にプール生として公開学力テスト、冬期講習を経て、4年生から浜学園に入塾しました。少しだけ6年生の入試直前期までの経緯を書きます(僕の第一志望は灘中でした)。
4年生…最初の公開学力テストを受けて結果は3科平均偏差値52.7で灘中の合格偏差値にはほど遠いものでした。
理科は偏差値46.1と惨敗の結果でした。理科の先生から母に電話がかかってきました。
しかし浜学園の勉強を続け、復習も細かく(算数のともと復習テストを)していると6月に4科初めての100傑。そして11月には3科で7位となりました(その頃の目標は灘中合格特訓に行くことでした)。50位以内に入り、資格を取りましたが、灘中合格特訓には結局終了まで3回しかいきませんでした。
資格が取れていなかった訳ではないので、中途半端に行くのはあまり良くなかったと思います。
5年生…公開学力テストの成績はとても順調で4科ではかなり頻繁に100傑、3科でもかなり上位の順位が取れました。
3月に公開学力テスト3科9位、4科2位(男女別では1位になりました)。ついにトップになったと思いました。その時は。今はまだ5年生で入試にはまだ遠い時期の結果であると理解して勉強をするべきでした。
6年生前期(日曜特訓前期<灘コース>の時期)
マスターコース、最高レベル特訓算国理、日曜志望校別特訓と灘猛特訓と講座が増えすぎて、塾に行く時間が格段に増えました。特に日曜志望校別特訓8時間に耐えられず、3月は欠席し、理科の先生に「日曜志望校別特訓のテストの点数が取れず、時間が長すぎる」と相談したところ「7月の後半戦になるともっと時間が増える。テストが嫌なら理科は授業からきてもいいよ」と言われ、無理矢理頑張って4月から毎回出席し、テストも受けたところ好成績をおさめることができ、苦しくなくなってきました。
6年生後期
先程の先生の言葉通り夏期講習、早朝自習室、マスターコースと日曜志望校別特訓が9時間から半日と、大変になりました。
また2、5、8月に灘中オープン模試と自宅受験がありました。
合格したのは2月だけで、5月からはB判定でした。
ここで僕は本当に大丈夫なのかと疑問を持ちました。
勉強中は自分を常に疑い、大丈夫じゃないと思ったらそこで対策を考えるべきだと思います。
そんな中、勉強で一番印象に残ったスプリント競争。
基礎問題の1st、応用の2ndで素早く正解し、3rdで難問を解いてメダルを3枚獲得するというイベント。夏休みの仕上がりを試す回があり、夏休みはこれがあったからこそ乗り越えられたと思います。
そしてとうとう11月からの追い込み。
西大和、東大寺中プレ、入試練習がありました。とても良く作られていて、プレは入試と結果が似ています。
算数が完全灘中形式に変わりました(実力ついている感があった)。量はとても多かったが、算数重視で浜の灘note(Webで先生が過去問を解説している教材)も兼用して進めました(灘コースの自習室も活用。とてもいいです!!)。直前期も算数は完全灘形式でテストのように解け、自信アップ。早朝午後特訓では灘形式の問題(算数と理科)を解きました。
自信が上がる講座は大切だと考えます。
そして前受けの海陽中、岡山白陵中、北嶺中、愛光中を受け(海陽中以外は合格)、灘、東大寺、西大和の入試を受けました。
と、ここで予想外の展開が、、、
なんと灘のミニ講義後、先生達の前で大泣きしてしまいました。
自信がなく、勉強をやりきれなく、自分のこれで大丈夫かという思いに勝てなかったことが原因です。それでも黄色ジャンパーの先生が励ましてハイタッチをし、手を振って抱きしめてくれました。ありがとうございます。
なので入試は行けました。お母さんも手を振ってくれました。
結果不合格でした。自分の疑問と苦手をしっかり解決することがやはり必要だと考えます。
2日目は西大和。6点差で不合格でした。過去問演習の不足が影響です(2年しかやらなかった)。
過去問の年数を多く積むことは大切です。
3日目は東大寺。試験開始の時、腕時計が止まりました。
不測の事態が起こったが、こう考えました。
これはただの記念受験だ(実際は違う)。落ちても問題はない。とりあえず記念で受かろう。結果は合格でした。一歩下がることが大事。
4日目六甲、6日目で洛星の後期併願、2月に開成を受けてとりあえず入試は終わりました。
僕の合格体験記はこれで終わりです。読んでいただけたら嬉しいです。浜学園、さようなら。
ありがとうございました。
