僕は灘中を志望し、合格しました。灘中を志望したきっかけは、文化祭にありました。
初めて文化祭に行ったのは、年長(6歳)のときです。残念ながら断片的な記憶しかありませんが、クイズラリーの謎解きをして灘中のロゴが入った赤のボールペンをもらい、とても嬉しくて楽しかった思い出があります。ちなみに、この赤のボールペンは、宿題の丸つけや過去問の丸つけに活躍してくれました。
その後、小学生になって、小1、小4、小5、小6のときに文化祭に行きました。小2のときはコロナウイルス流行のためオンラインのみの開催、小3のときは都合が悪く行けませんでした。
小4のときは本格的な脱出ゲームを楽しんだり、レゴで作られたUFOキャッチャーをやろうとしたり……。
小5のときは音ゲーや数研の灘中入試予想問題を楽しみました。レゴで作られた灘校校舎には仕掛けがあって、輪ゴム(か何か)が発射されるようなのですが、自分の番になったときに突然不調になり、結局ボタンを押して発射させることはかないませんでした。ちなみに、小4のときのUFOキャッチャーも自分の番に不調になり遊べなくなりました。灘のレゴに嫌われているのでしょうか……。
小6のときは新しくできた折り紙サークルやクイズ同好会の謎解きを堪能し、6歳のときにも感じていた灘特有の活気を改めて体感しました。
そして、やっぱり自分は灘中に入りたい、そう再確認しました。そんな心境で臨んだ灘中の受験でしたが、不思議なことにあまり緊張しませんでした。おそらく覚悟が決まっていたんでしょう。無事試験を突破して合格したわけですが、現在の心境として、「ついに灘中生か」という気持ちと、「灘中生として自分は不足ではないだろうか」という不安があります。前者は置いておくとして、問題は後者の方です。
試験に合格したのになぜ?と思われるかもしれませんが、その理由は自分が秀才であると認識していることです。周りから見て灘中生はみな天才のように思われるかもしれませんが、自分はおそらく灘中生の中では平均ほどで、ずばぬけて得意なことは無いのではないかと考えています。
まあ、不安は考えてもしょうがないことなので、入学まで何かで気を紛れさせていこうかと思っています。

