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世界でちがう?「論理」のかたち

執筆:北嶺中・高等学校 国語科教諭 村瀬 洸平

 「もっと論理的に読みなさい」と言われたことはありませんか。けれども、「論理的って、いったい何をすればいいの?」と首をかしげたことがある人も多いでしょう。
論理とは、簡単に言えば、「どうしてそう言えるのか」「どうやってそうなるのか」をつなぐ、考えのすじ道のことです。たとえば、「今日は暑い。だからアイスが売れる。」という文には、「暑い」という理由があって、「アイスが売れる」という結果があります。また、「毎日練習した。それによって足が速くなった。」という文では「練習した」という手段と「速くなった」という結果が、きちんと繋がっています。このような、理由や手段と結果の“繋がり”が論理です。

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実は国や文化によって異なる論理の“つなぎ方”

 実は、論理の“つなぎ方”は、国や文化によって少しずつちがいます。たとえばイランという国では、多くの人がイスラームという宗教を大切にしています。その教えが書かれている本が『クルアーン』です。
イランの宗教の学者たちは、何か問題について考えるとき、「クルアーンにはどう書いてあるか」を出発点にします。たとえば、
1.クルアーンにはこう書いてある
2.今の問題はそれにあてはまる
3.だからこう考えられる
というように、聖典の言葉をもとに考えを組み立てます。ここで大切なのは、みんなが「その本は正しい」と信じているということです。だから、その言葉から考えを進めることが、論理的とされるのです。
さらに、イスラームの文化では文章を書くとき、
1.神への賛美
2.預言者への祝福
3.本題
のように、神への賛美から書き始めることが「論理的」とされます。なぜなら「神や聖典の言葉は正しい」と考えられているからです。文章の最初に神に触れることは、単なる飾りではなく、議論の土台なのです。

日本の国語教育における「論理的な読み方」

 では、日本ではどうでしょう。日本の学校の国語では、こう言われます。
「どこにそう書いてありますか?」「理由は何ですか?」
つまり日本では、理由や根拠をはっきりさせることが、とても大切にされています。文章を読むときも「〜から」、「〜のため」、「~によって」といった言葉に注目します。これは、文章の中から理由や手段の“繋がり”を見つけるということです。日本の国語でいう「論理的に読む」とは、目の前の文を、理由や手段との繋がりを大切にしながら理解することだと言えるでしょう。

国語は「考えのつなぎ方」を学ぶ場である

 イランでは、聖典の言葉を根拠にして考える。
日本の国語では、文章の中の言葉を根拠にして考える。
どちらも「すじ道を立てて考える」という点では同じです。でも、どこを出発点にするかがちがうのです。だから、論理とは世界に一つだけの正しい形があるものではなく、文化の中で育ってきた「考えのつなぎ方」だと言えるかもしれません。そして、日本で国語を学ぶみなさんにとっての論理は、「どうしてそう言えるのか」を、文章の中から見つけること。それができるようになると、文章はただ読むものではなく、“考えの地図”のように見えてきます。
論理とは、考えと考えをつなぐ道です。国語の勉強は、その道を見つける練習なのです。